AI経営会議|五人の頭脳で、経営を考える。

なぜ、ひとりで経営するのをやめたのか。― 新城が「AI経営会議」という体制を選んだ理由

なぜ、ひとりで経営するのをやめたのか。― 新城が「AI経営会議」という体制を選んだ理由

2026年09月22日 08:29

事業を始めてから、もう30年近くになる。

これまで、いくつもの業界に入ってきた。

技術の仕事。
印刷・DTP。
光ディスク製造。
プログラミング教育。
福祉事業。
そして現在の、ホームページ、Google集客、AI電話対応などの事業。

振り返ってみると、ひとつの業界にずっと居続けてきたわけではない。

むしろ、新しい業界に入って、そこで必要なことを覚え、仕組みを理解し、「ここから先は、もう自分が学ぶことは少ない」と感じたら、次の場所へ移ってきた。

自分では「結構、飽きっぽい」と思っている。

けれど、これまでの経歴を並べてみると、少し違う景色が見えてくる。

飽きて辞めてきたのではなく、学び切ったと思った場所から、次の空白を探してきた。

それが、これまでの自分の経営だったのではないかと思う。


「誰もやっていない」を見つけてきた

最初から経営者だったわけではない。

東京では、技術部門で機器の修理に携わり、その後も制御、現場、ソフトウェアサポートなど、異なる仕事を経験した。

沖縄へ戻ってからも、一度就職したものの長くは続かなかった。

そこで始めたのがバイク便だった。

収入が大きく落ち込み、「これくらいなら自分で稼げる」と考えたことがきっかけだった。

そして、バイク便のチラシを自分で作った。

それがきっかけで印刷会社とつながり、デザインの仕事が入り、DTPへ移っていく。

さらにその後、光ディスク製造にも進んだ。

当時、沖縄にはほとんど事業者がおらず、国内でも数少ない分野だった。

「まだ誰もやっていない」。

そこに市場の空白を見つける。

そして、自分で技術を覚え、事業にする。

これは、その後の事業にも繰り返し現れるパターンだった。


福祉事業で気づいた「現場を見る」ということ

光ディスク製造を続ける一方で、プログラミング教室も始めた。

そこで、子どもたちと直接向き合う中で、あることに気づいた。

頭が悪いわけではない。
でも、落ち着いて座っていることが難しい。

同じカリキュラムを全員に当てはめるだけでは、うまくいかない子どもたちが一定数いる。

そこから、放課後等デイサービスという福祉事業へ進んだ。

ここでも、最初からすべてが分かっていたわけではない。

現場に入り、実際に子どもたちと接したからこそ、既存のやり方では対応できない部分に気づいた。

そして、個別に対応する必要性を考えるようになった。

振り返れば、ここにも自分の経営の特徴がある。

先に答えを決めるのではなく、現場に入って、そこで起きていることを見る。

そこから、次の問題を見つける。


そして、以前と同じやり方では結果が出なくなった

けれど、ここ数年は、うまくいかないことが続いた。

以前なら通用していたやり方を試しても、思うように結果が出ない。

最初は、自分のやり方に問題があるのだと思った。

しかし、振り返ってみると、そこには自分自身だけではなく、世の中そのものの変化があった。

コロナを境に、人の行動も、情報の届き方も、商品やサービスの探し方も大きく変わった。

そして、その変化はさらにAIの普及によって加速している。

つまり、これまでと同じ場所で、これまでと同じ方法で戦っていても、同じ結果が得られるとは限らない。

それに気づいたことが、現在の経営を考え直すきっかけになった。


ブルーオーシャンの意味も変わった

以前なら、

「まだ誰もやっていない市場を見つける」

ことに大きな意味があった。

誰もやっていない。

競争相手が少ない。

そこにサービスを作る。

そして、人に知ってもらう。

チラシでもいい。

口コミでもいい。

営業でもいい。

人間に届けば、そこから話が始まった。

ところが、今は違う。

情報があまりにも多い。

ホームページを作った。

LPを作った。

サービスを作った。

それだけでは、見込み客に届くとは限らない。

その前に、もう一つの関門がある。

AIに情報を拾ってもらえるか。

検索する人がGoogleだけを見るとは限らない。

AIに質問し、AIから情報を整理してもらい、その中から選択肢を知る。

そういう時代になってきた。

だから今の自分にとって、「ブルーオーシャンを見つける」という意味そのものが変わってきた。

以前は、

「誰もやっていない市場を見つける」

ことだった。

今は、

「まだ十分に整備されていない情報の空白を見つける」

ことも重要になっている。

その一つが、

「AIに拾われる存在になっているか」

という空白だ。


だから、AIを「道具」ではなく「経営会議」にした

ここで生まれたのが、AI経営会議という考え方だった。

AIを一人で使うだけなら、すでに多くの人がやっている。

文章を書く。

画像を作る。

検索する。

データを整理する。

それだけなら、AIは便利な道具だ。

でも、自分がやろうとしていることは少し違う。

一人で全部考えるのではなく、複数の専門性を持つAIと役割を分けて、一つの経営課題を考える。

ブランドや言葉、顧客との接点を考える。

サービスの構造を考える。

GoogleやSEO、AI検索について調べる。

そして最後に、人間が判断する。

つまり、

「AIに経営を任せる」のではない。

「一人で抱えていた経営判断を、複数の専門性に分ける」

という発想だ。


実は、これは新しいことではない

AI経営会議を始めてから、この構造に気づいた。

自分は昔から、一人でいろいろな分野を渡り歩いてきた。

音楽。

映像。

印刷。

制御。

ソフトウェア。

製造。

教育。

福祉。

そして経営。

そのたびに、その業界のことを覚えてきた。

だから、AI経営会議でやっていることは、まったく新しい経営方法というより、

これまで一人でやってきたことを、AIとの分業によって再現しようとしている

とも言える。

一人で新しい業界へ入っていく。

そこで専門知識を身につける。

問題を見つける。

空白を探す。

そして次へ進む。

その役割を、今度はAIそれぞれの専門性に分担してもらう。


「一人で考える」から「議論して決める」へ

もちろん、AIが正しいとは限らない。

だからこそ、AI経営会議では役割を分けている。

あるAIは構造を見る。

あるAIは言葉を見る。

あるAIはGoogleや検索データを見る。

そして、それぞれの意見が一致するとは限らない。

むしろ、違う意見が出ることに意味がある。

一人で考えていると、自分の考えを自分で否定するのは難しい。

しかし、別の視点があれば、

「その根拠は?」

「本当にそうなのか?」

「別の見方はないか?」

と問い直すことができる。

だからAI経営会議では、反対意見を歓迎する。

そして、最後に決めるのは人間だ。

AIが決めるのではない。

自分自身が最終判断をする。


それは「体力の代替」だけではない

もちろん、AIを使うことで、一人でやるより多くのことを処理できる。

調査もできる。

文章も作れる。

比較もできる。

しかし、AI経営会議を始めた理由は、それだけではない。

これまでの経験の中で、自分は何度も「自分で学んで、自分で判断する」というやり方を繰り返してきた。

それを、これからも一人で続ける必要があるのか。

そこに疑問が生まれた。

自分一人がすべての専門家になる必要はない。

専門家を育てる代わりに、専門性を持ったAIと分業すればいい。

そうすれば、人間は「すべてを知っている人」である必要はなくなる。

何を問題にするのか。
どこを目指すのか。
最後に何を決めるのか。

そこに集中できる。


AI経営会議が目指しているもの

AI経営会議は、AIに会社を経営してもらう仕組みではない。

また、AIを何人も並べれば経営がうまくいく、という話でもない。

目指しているのは、

「一人の経営者が、複数の専門性を持つ仲間と議論しながら経営判断をする」

という状態だ。

その「仲間」の一部をAIに担ってもらう。

そして、最後の責任は人間が持つ。

これは、自分がこれまで30年近くかけて身につけてきた「空白を見つける力」と、AI時代の情報環境を組み合わせた、新しい経営の試みでもある。


そして、もう一つの空白へ

これまで自分は、

「沖縄にないもの」

「まだ誰もやっていないもの」

「困っているけれど、まだ十分に解決されていないもの」

を探してきた。

これから探す空白は、少し違うかもしれない。

サービスそのものではなく、

「必要な情報が、必要な人に届くまでの間に存在する空白」

かもしれない。

その中でも、AIが情報を整理し、人に届ける時代において、

「AIに正しく理解され、必要な人に見つけてもらえる存在になっているか」

は、これからの中小企業にとって一つの重要なテーマになる。

AI経営会議は、その問いを自分たち自身で考えるところから始まった。

まだ完成した仕組みではない。

むしろ、今も試行錯誤の途中にある。

だからこそ、AI経営会議では**「決まったら全員で成功させる」だけではなく、「記録を未来へ残す」**ことも大切にしている。

何を考えたのか。

なぜそう決めたのか。

何がうまくいかなかったのか。

そして、そこから何を学んだのか。

それを残していく。


一人で戦わなくてもいい時代へ

30年前は、一人で何でも覚えるしかなかった。

今は違う。

AIがいる。

だからといって、人間がいらなくなるわけではない。

むしろ、

人間が何を問い、何を選び、何に責任を持つのか。

その重要性は、これまで以上に大きくなるのかもしれない。

自分がAI経営会議を始めた理由は、AIに経営を任せるためではない。

一人で抱えてきた経営を、もう一度「議論できる経営」に戻すため。

そして、これまで一人で探してきた「市場の空白」を、AIとの分業によって、もう一度探しに行くためだ。

AI経営会議は、まだ始まったばかりだ。

だから、このブログではこれからも、

何を考え、何を試し、何が起きたのか。

その過程そのものを記録していく。